闘うコラム大全集

  • 2013.06.20
  • 一般公開

実際は成果に乏しい米中首脳会談

『週刊新潮』 2013年6月20日号
日本ルネッサンス 第562号


6月7、8日の米中首脳会談を日本の視点で見れば、国際政治についての複雑な想いが生まれる。

米カリフォルニア州パームスプリングズの美しい保養地サニーランズで開催された米中首脳会談でのオバマ大統領は、恰も、波長の合う友人に会ったかのようなリラックスした様子で度々笑顔を見せた。会談の場としては最高の大邸宅での米大統領との親密な交流は、習近平国家主席には喉から手が出る程欲しかったものに違いない。だが、具体的成果はほとんど無いといえるのではないか。

習主席が世界に発しようと望んだメッセージは、オバマ大統領と民主党政権の米国が「米中二大国の時代」に傾いたということだったはずだ。

そのような場合、日本は再び米中が頭越しに手を結ぶ可能性に備えなければならない。雰囲気だけ見れば、オバマ大統領は友好的で、両国の思惑は一致したかのようにも見える。しかし北朝鮮の核やサイバー攻撃など重要な問題について、米中のやり取りは空疎であり、結果を出し得ていない。このことをサイバー攻撃問題を軸に見てみよう。

6月7日午後、両首脳は第1回会談を終えて記者会見に臨んだ。質問の第一矢を放ったのはAP通信のジュリー・ペース記者だ。今年1月からホワイトハウスのAP通信社のキャップとなった彼女は、中国からの対米サイバー攻撃の被害について、また、中国が攻撃を継続する場合、直面するであろう「結果」について、習主席に警告したかとオバマ大統領に問うた。習主席には、中国が米国にサイバー攻撃をかけていることを認めるか、中国も被害者だと言うが、米国が攻撃していると考えているのかなどと問うた。

首脳同士が相思相愛

オバマ大統領はこう答えた。

「サイバーに関する共通のルール作りが重要性を増している。(中略)しかし、知的財産を盗み社会のインフラを損ねるサイバー攻撃と国家安全保障局のプログラムに関して提起されている問題は分けて考えることが重要だ。(中略)民と公とを問わず、我々はサイバーに関して防衛と保護の仕組みを全力で作らなければならない」

企業などに対するサイバー攻撃と安全保障に関わる件でのサイバー攻撃を分けて考えることなど無意味である。現に米国防総省の中国の軍事力に関する年次報告書2013年版には、中国は米国の企業、大学、研究室などあらゆる組織から重要情報を合法違法の両手段で入手し、それが人民解放軍(PLA)の近代化を可能にしていると記載されている。この違法的手段にサイバー攻撃が含まれるのは常識である。

にも拘わらず、大統領発言は、習主席に問題提起したのは民間のハッカーの仕業についてであり、中国が国家ぐるみで行っていると米議会も国防総省も非難している点については触れていない。こんな奇妙なことが果たしてあり得るのか。習主席が中国も被害者だと言う虚構を、米国が容認することなどあり得るのか。

この点を詳しく説明したドニロン国家安全保障担当大統領補佐官の発言も見てみよう。

ドニロン氏は約1時間の会見の冒頭、今回の首脳会談が如何にユニークで前向きで建設的で幅広い課題を対象としたものか、そして如何に成功裡に終わったかを繰り返した。1972年のニクソンによる歴史的な米中会談以降のさまざまな首脳の出会いと較べて、今回の会談の重要性が際立つと氏は強調する。

ブッシュ前大統領が江沢民主席をテキサス州クロフォードの牧場に招いたときは、会談は2時間足らずだったが、オバマ・習会談は計8時間近くに上った。タイミングの重要さにおいても突出しており、米国ではオバマ政権第2期の、中国では習新政権の始まりに当たる最重要なときの会談だったとし、会談の目的、両首脳の個人的信頼関係の構築のために美しい静かな保養地を選んだと語る。

氏は両首脳がどのように共に過ごしたかについても詳細に説明した。会談初日の午後、両首脳は各々が重要だと考える課題を挙げ合い、語り合った。ディナーの席での2回目の会談では共に北朝鮮問題に集中し核武装を許容しないと合意したと強調する。

翌朝の3回目の会談は通訳だけを伴って広い庭園を散歩し、2人で50分間語り合った。やがてベンチに座って話し始めたが、ベンチは記念品として中国に寄贈される。散歩のあとの会議用のテーブルでの4回目の会談ではサイバー攻撃の問題が最大の課題となった、という具合だ。

首脳同士が相思相愛であるかのような状況描写はその裏の思惑に疑念を抱かせずにはおかない。

中国の焦り

質疑応答でまっ先に前述のペース記者が問うた。中国側がサイバー攻撃問題についての(米国の)懸念を認めたとの説明だが、彼らは公的にはサイバー攻撃への関与を否定し、中国も被害を受けていると主張している。内々の会談で中国側はどこまで攻撃を認めたのかという尤もな問いだ。

ドニロン氏は、約500ワード、立派に一本の記事に当たる長々しい回答で、サイバー攻撃で米企業の技術や知的財産が窃取され続けていることをオバマ大統領は習主席に具体例を挙げて提起した、として次のように語った。

「中国の最高首脳がサイバー攻撃による窃盗事件の全てを知っているかという問いに答えられるものだろうか。大事なことはいまや中国の指導層がこの問題の重要性を理解しているということです」

米国が受け続けている凄まじいサイバー攻撃の被害について、今年2月19日、セキュリティー会社の米マンディアント社が、攻撃にPLAが関与しているとする詳細な報告書を発表した。高度で執拗な攻撃(APT攻撃)を仕掛けてサイバースパイ活動を展開している犯行グループ「APT1」は、調査で得た証拠からPLA総参謀部第3部第2局の第61398部隊と関連していると、具体的に指摘している。

オバマ大統領は当然、そうしたことを十分に承知している。それらの点についての議論が戦わされなかったはずがない。そのことが全く表にでてこないことの方を、重視して判断しなければならない局面であろう。

具体的成果がほとんど見られない今回の首脳会談は、それでも訪米を望んだという点で中国の焦りを表わすと見てよいだろう。

このような状況の中で、日本は日米関係を最重要視しつつ、あらゆる意味で最大限、自力を強めていくのがよい。安倍首相の実践してきた価値観外交が、米外交と補完し合う地平を目指して力をつけるのがよい。

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