闘うコラム大全集

  • 2013.07.11
  • 一般公開

独断専行で過つのか、原子力政策

『週刊新潮』 2013年7月11日号
日本ルネッサンス 第565回


菅直人元民主党代表は、最小不幸社会の実現という後ろ向きの公約を掲げて首相としての仕事を始め、3・11の大震災への無策極まる対応で国民に愛想をつかされて、政権を手放した。

その人物の思惑に沿って、いま、原子力発電所の全てが廃炉になる道が作られ、日本のエネルギー政策の根幹が蝕まれようとしているのではないか。

菅氏は今年4月30日、「北海道新聞」の取材に原発再稼働について問われ、「そんなに簡単に元には戻らない仕組み」を民主党が残した、それは原子力規制委員会を作ったことだ、と語っている。氏の言葉どおりなら、規制委員会の委員は原発廃止の実現を目的に菅氏らが残した置き土産ということになる。

規制委員会は5月22日、福井県敦賀原発2号機の直下を走るのは、これまで言われてきた破砕帯ではなく活断層だとする有識者会合の報告書を正式に認めた。規制委員会の田中俊一委員長は、同2号機は国の基準に違反しているために再稼働を許すか否かを決める安全審査も行わないとして、事実上、敦賀原発の再稼働は困難だと明らかにした。だが、この結論には余りにも多くの批判と反論が存在する。有識者会合のメンバー構成及び委員会で取り上げたデータには偏りがあるという内部の声も報じられたほどだ。

広島大学大学院の奥村晃史教授も規制委員会の結論に異を唱える専門家の一人だ。ちなみに、奥村教授は原子力安全委員会で、昨年9月まで10年間、耐震安全性の検証を続け、IAEAの科学委員も務めていた。氏が語る。

「今の規制委員会の論理は、活断層だったら心配でしょう、地震が起きて建物が壊れたらどうするんですか、科学的に証明出来ないものが我々の分野には多くあるが、心配だから保守的に安全側を見て、証明出来ないものは全て危険だと判断するというものです。

分からないものは分からないとした上で、正しくないものは正しくないと規定する。こうした研究や学問の原則を貫かなければ科学は成り立ちません。にも拘らず、規制委員会は分からないものも含めて断定しています」

専門家は排除

不明なものを不明とせずに、規制委員会が原発再稼働を止めるために一方的に断じて乱発しているかに見えるのが活断層の存在だ。過去数十万年間に繰り返し活動し、将来も活動を繰り返すことが予想されるのが活断層である。過去にどのような形で断層が動いたか、何が起きたかは、十分な数の深いボーリング調査を行うことではじめて明確に出来る。だが、こうした丁寧な地質及び地形調査を経て過去は明確に出来ても未来の断層の動きは証明出来ない。ただ、これまで断層がなかったところにいきなり新しい活断層が生まれて動き出すなどということはほとんどないことは分かっている。

いま問題にされている敦賀原発2号機の下を走るものが活断層なのか、否かを正しく見極めることが非常に重要なのはこうした理由による。

同2号機は1987年の営業運転開始である。奥村氏は、日本は1970年代から原発の立地調査で活断層の調査を重視し始めたこと、敦賀原発2号機はその真下を通るのが活断層ではないと確認されたからこそ、作られたと指摘する。だが規制委員会はこれを活断層だと断定した。

では田中委員長以下、島崎邦彦氏、更田豊志氏、中村佳代子氏、大島賢三氏の5名の内、一体、誰が活断層か否かの最終判断をしたのか。この5氏が構成する規制委員会は3条委員会として政府から独立した強い権限を有する。それだけにこの5氏の責任は非常に大きい。

その大きな責任を果たすのに、田中委員長は自らは判断せず、島崎氏に頼り、島崎氏は主として中田高広島大学名誉教授、渡辺満久東洋大学教授、鈴木康弘名古屋大学教授ら、有識者の判断を重視する構図の中で結論が導き出されている。

「規制基準を作っている有識者の中で活断層研究者として重要な役割を果たしているのが鈴木康弘氏です。他の研究者は事実上排除されているのではないでしょうか」と奥村氏。

ここで少し説明が必要だ。原発に関する安全基準の決定は、日本のエネルギー戦略の根本を決めるに等しい。この重要な基準を決定するために有識者会合が組織されることになり、その構成員を推薦してほしいという依頼が各学会に出された。時期は昨年9月28日、メールによってだった。ところが、推薦の〆切は10月5日、わずか1週間で人選したことになる。そのとき、過去に原発の安全審査などに携わった専門家の多くが排除された。だが、多くの経験者を排除して優れた人材を集めることは、事実上不可能であり、その点は当初から指摘されていた。だからこそ、こうして選ばれた有識者を2軍選手の集合体と批判する声がある。その人々が、いま、現地で活断層の調査を行っているのである。

廃炉に突き進む

奥村氏が疑問を呈した。

「活断層の専門家が現地に行って見ているもの、敦賀原発の場合、その実態は破砕帯なのです。活断層の専門家が破砕帯を調べるということは、有識者と有識者が調査すべき対象はミスマッチだということです。この有識者会合及びその上部機関の原子力規制委員会の問題点は、自分たちに反対の立場をとる専門家の意見を聞かないことです。加えて業者を完全に無視することです。さらに、不合理なまでに結論を急いだことです。有識者らの現地調査はわずか1日半ほどです。会合は数回です。調査対象とミスマッチの有識者、異論の排除、科学的データを顧みない性急極まる決定のプロセス。これでは適切な評価が出来るわけはありません」

日本の原発の安全性を願うのは誰しも同じである。そのために、規制委員会には科学的に正しくかつ厳しい判断を下すことが求められている。何よりも活断層か破砕帯かの判断につながる情報を一方的に取捨選択することは非科学的であり許されない。廃炉を目指して突き進むかのような一方的な見方は戒めるべきである。

この点で、私たちはドイツの体験を参考にすべきであろう。北海道大学の奈良林直教授が語った。

「反原発政策を掲げるあまり、ドイツの規制委員会はいわゆる原子力村の人材を全員排除していました。しかし、福島の事故への日本政府の無策といってよい対応を見て、専門家なしには正しい対応は出来ないことを知り、原子力産業界から4人の委員を加え、公正な判断が出来るよう改めました」

日本の規制委員会のメンバー構成をはじめ、その議論の在り方の改善が安倍内閣の課題である。

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