闘うコラム大全集

  • 2018.10.25
  • 一般公開

首相は中国の人権問題に言及せよ

『週刊新潮』 2018年10月25日号

日本ルネッサンス 第824回


米中新冷戦が深まりつつある。


10月10日、米共和党上院議員のマルコ・ルビオ氏と同党下院議員のクリス・スミス氏が「中国に関する議会・行政府委員会」の年次報告書を発表した。


ルビオ氏らは中国政府が100万人以上の少数民族、とりわけウイグル人を再教育施設に強制的に収容している、中国は北朝鮮と並ぶ弾圧国家で、南アフリカのアパルトヘイトさながらの人種差別国家であると激しく非難した。


さらに、習近平国家主席の下で人権を巡る状況は幾何級数的に悪化しており、2022年に予定されている北京での冬季五輪開催を見直すよう国際オリンピック委員会に申し入れ、獄中にある経済学者のイリハム・トフティ氏を来年のノーベル平和賞候補に推薦する予定だと語った。


318頁に上る大部の報告書は、中国は経済大国になっても一党独裁をやめず、民主化もしない国だと、歴史的経緯を辿りながら告発している。そのような国に対してアメリカは、「常に政治犯について言及せよ」、「米中2国間協議では必ず人権を議題に加えよ」、「相互主義を強調せよ」などと17項目にわたって、中国との戦い方を詳述している。


報告書の約半分が人権問題に割かれ、人権弾圧の具体例が列挙された。ぎっしりと書き込まれた中に、世界ウイグル会議総裁のドルクン・エイサ氏の母、アヤン・メメットさん(78歳)が、今年5月収容所で亡くなったことも記されていた。


エイサ氏が世界ウイグル会議の事務総長を務めていた2012年、私はシンクタンク「国家基本問題研究所」の「アジアの自由と民主化のうねり 日本は何をなすべきか」と題した国際シンポジウムに、ウイグル、チベット、モンゴルの三民族の代表を招いた。そのとき、世界ウイグル会議を代表して参加したのがエイサ氏だった。氏は中国から逃れ、ドイツ国籍を取得して、現在ドイツに住んでいる。


息子が海外で中国政府を非難しているという理由で、78歳の母を中国は収容所に追いやるのである。エイサ氏を罰するためであるのは明らかで、高齢のメメットさんは劣悪な環境の中で息絶えた。他の多くの高齢者たち、幼い子供たち、病気を患っている人々も収容所で次々に命を落としていく。年次報告書はそうした事例を生々しく書き連ねている。


メメットさんは人生の最後の段階でどれほどの苦しみを味わったことだろうか。エイサ氏の悲しみと怒りは如何ばかりか。国際社会はこのような仕打ちを許さない。ルビオ氏らは習近平政権によるウイグル人らイスラム教徒弾圧を、「人道に対する罪」ととらえて糾弾を続けている。


対中強硬策


ルビオ氏らが記者会見した同じ日に、米司法省も対中強硬策に踏み切った。中国の情報機関である国家安全省の幹部、シュ・ヤンジュン氏を起訴したのだ。彼は4月1日にベルギーで逮捕、収監されていたが、米国の要求で10月9日、米国に引き渡された。日本ではあまり報じられなかったが、この事件は米中関係を大きく変えるものとして専門家の間で注目された。


産経新聞外信部次長で中国問題専門家の矢板明夫氏が語る。


「米国が第三国に中国人犯罪者の引き渡しを要求したのは、これが初めてです。米国が引き渡し条約を結んでいる国では、今後、中国は諜報活動ができなくなるわけです。中国は極めて深刻にとらえていると思います」


矢板氏の説明はざっと以下のとおりだ。シュ氏は2013年12月頃からGEアビエーションなどに狙いを定め、技術者らを費用丸抱えで中国に招き、最新技術の窃盗につなげようとした。GEアビエーションはGEの子会社だが、他にも航空産業最大手の企業など数社が工作対象にされていたという。


矢板氏はなぜシュ氏がベルギーに行き、逮捕されたかに注目する。シュ氏を監視していたアメリカの情報工作員が、今年春、ベルギーでアメリカの技術者に会い情報を盗むという話を持ちかけ、シュ氏を呼び出すことに成功したのだという。アメリカがシュ氏をおびき出したのだ。それだけ積極的に攻めの手を打って、中国人スパイを摘発したのはなぜか。


現在進行中の米中貿易戦争では、アメリカは主に三つの要求を中国に突き付けている。➀為替操作の禁止、➁アメリカを含む諸外国の情報や技術の窃盗の禁止、➂労働者を安い賃金で働かせる奴隷労働の禁止である。


産業スパイ活動


右の三要素によって中国は輸出製品を安く製造し、アメリカをはじめ世界の強豪と競っているが、これこそ途方もなく不公正、不公平だと、トランプ大統領は考えている。だからトランプ氏は中国製品に制裁関税をかけるのだ。


三つの要求のうち・が不可能になれば、独自の技術を生み出す能力がない中国は壊滅的打撃を受ける。中国の製品はおよそ全て、日本やアメリカなどから奪った技術により製造されており、中国は経済的に行き詰まる。


トランプ政権はまさにそこを狙っているのである。シュ氏をアメリカに連行し、中国の産業スパイ活動は断じて許さないという強い姿勢を誇示したのと同じ日、トランプ政権は対米投資規制の詳細を発表した。


8月には外資によるアメリカへの投資を規制する新たな法律が成立していたが、航空エンジン・部品、アルミニウム精錬、石油化学、ナノテクノロジーなど、情報通信や軍事などの27産業にわたって米企業を保護する内容だ。たとえ少額出資であっても、外資は事前に申請しなければならない。その意図は明らかに中国マネーから米企業を守ることである。


こうした矢継早の措置を10月4日のペンス副大統領の厳しい演説に重ねると、米国が中国に対してどれほど強い警戒心を抱いているか、明白に見てとれる。


そしていま、米議会がウイグル人に対する中国の人権弾圧を「人道に対する罪」として糾弾しているのである。同盟国の日本が米国と同一歩調を取るべき場面である。


他方、中国は日本に的を絞って微笑外交を展開中だ。天安門事件の当時を想い出す。世界から経済制裁を受け、追い詰められた中国は、「制裁の環の最も弱い部分」が日本だと見定めて微笑外交を展開、日本はまっ先に制裁を解除し、天皇皇后両陛下にご訪中をお願いした。中国は日本を利用して世界の制裁を打ち破り、その後、尖閣諸島を中国領とする法律を作るなど、今日の横暴な中国の正体を見せ始めた。


日本は同じ間違いを犯してはならない。安倍首相は、いまこそ米国とより強く協調せよ。今月の訪中では、首相はウイグル人弾圧について言及することを避けてはならない。

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