闘うコラム大全集

  • 2020.01.23
  • 一般公開

蔡英文大勝利の中に今後の課題山積

『週刊新潮』 2019年1月23日号

日本ルネッサンス 第885回


1月11日、台湾の運命を決める選挙は民進党総統、蔡英文氏が怒濤の勝利をおさめた。開票最終局面で同氏の得票が台湾史上初の800万票超えとなったとき、民進党本部前の広場では花火が弾け、群衆の叫びが地鳴りとなった。


勝者は蔡氏、もう一方の主役で敗者は中国国家主席の習近平氏だった。


今回の台湾選挙は「中国に対する国民投票」だった。蔡氏の得票率57.13%は習氏がゴリ押しした「一国二制度」への峻烈な「ノー」であり、弾圧されている香港人への強烈な連帯意識の表明である。


11日午後9時半を回った頃に始まった勝利宣言で蔡氏はかつてないほど、国際社会の注目を集めたこの選挙の意味を説いた。台湾の主権と民主主義が潰されそうになるとき、台湾人は大声で決意を新たにし、叫び返す人々だと、今迄の氏にしては珍しい笑顔で語った。大衆もどっと笑ったが、大中国を相手に圧勝した会心の笑みだった。


だが、彼女はすぐに冷静な表情に戻り、民進党は台湾の主権に関しては揺るがない、中国とは健全な交流を望むと、中国に呼びかけた。中国は全く受け入れ不可能な条件と圧力で「一国二制度」を押しつけてきたが、台湾には平和、均衡、民主主義と対話の4原則がある。選挙で選ばれた台湾政府と台湾の民主の力は、中国の如何なる圧力にも恫喝にも屈しない。そのことを北京は理解すべきだと、蔡氏は重ねた。


彼女はさらに香港の若者たちが悲しみの涙と怒りの血を流しながら戦っている事例を語った。集会参加者の少なからぬ人々の頬を涙が伝い始め、私のすぐ近くにいた高齢の小柄な女性が大声で叫んだ。「香港、加油!(香港ガンバレ!) 香港、加油!」。同じ叫び声がすぐにあちこちで弾け、こだました。中国共産党の支配、弾圧と抑圧への拒否感情が蔡氏支持者らの原動力であることを強く感じさせた場面だ。北京と香港の激しい対立、習氏と香港人こそが蔡氏を勝たせた要因である。


国民統合を守れるか


台湾史上初の817万余の大量得票は、台湾の若者たちがまさに香港に自らの運命を重ねて見て投票所に足を運んだ結果である。彼らは「台湾の主権」を守ってくれるのは一国二制度拒否の蔡氏であり、同制度受け入れに傾いた国民党候補者の韓国瑜氏ではないと賢明に見てとったのだ。


一方、台湾人の投票行動のもうひとつの側面に注目すれば、半年ほど前、即ち、香港問題発生以前は、殆ど勝ち目のなかった蔡氏のこれからの道程が容易でないことも見てとれる。


113議席の立法院で民進党は過半数の61議席を確保し、行政・立法双方を堂々と制したが、得票数では国民党も善戦したのである。民進党系シンクタンクの幹部が語った。


「4年前の総統・議会選挙と比べて国民党は明らかに得票を伸ばしました。総統選では381万票から552万票へ、171万票も増やしました。立法院選挙では民進党も得票を伸ばしましたが、国民党は少し劣勢なだけで実質互角の戦いです。蔡氏は総統選で韓氏に得票率で18%以上の差をつけましたが、立法院選の差は5%にすぎません」


一連の数字から読みとれることは二つある。➀蔡氏の歴史的大勝利の理由は前述したように、悪役としての中国の存在によるということ。➁中国共産党の脅威を別にすれば、蔡氏以下民進党の国内政策は必ずしも受け入れられていないことである。従って➁の克服が以降4年間の政権基盤維持に非常に重要となる。


台湾安全保障協会副理事長の李明峻氏が語った。


「民進党支持者は元々農民と労働者です。ところが民進党は蔡総統の下(もと)で、主に都市部のエリート向けの先進的政策をリベラルな理念に基づいて実施しました。一例が同性婚です。考え方として受け入れるのはよいのですが、法律まで変えて徹底させ、台湾をアジア初の同性婚国家にしました。都会の台北では受け入れられても、田舎の南の方では今も反対が根強いのです。元々民進党支持勢力だったキリスト長老教会も反対に回りました」


台湾人の団結が何よりも必要ないま、学者でリベラル志向の強い蔡氏の理論先行型政治で国民統合を保てるか、政権のアキレス腱にならないか、注意が必要だ。


民進党圧勝で平手打ちされた中国の出方を、李氏が説明した。


「もし国民党が勝利していたら、中国はより徹底した強硬路線で、国民党を従わせ目的を達成しようとしたでしょう。しかし、民進党勝利の前では、少なくとも表面的にはそうはできないと考えます」


中国は日本に接近中


中国共産党は媚びる者や弱い者に対しては強く出る。反論する者には下手に出る。たとえば蔡氏が国民党に圧勝した16年、北京は台湾に対して静観の姿勢を維持した。しかし18年11月に、地方自治体の首長選挙で民進党が惨敗すると、中国はあからさまに台湾政策を硬化させた。19年1月2日の習氏の年頭演説では、「台湾統一は必須であり必然だ、一国二制度の実現が大事だ」、「軍事力行使の選択肢も放棄していない」と恫喝した。


蔡氏は直ちに「一国二制度は断じて受け入れない」と反撃し、支持率を一挙に7ポイントも上昇させた。それでも約1年間、今回の選挙まで中国共産党は台湾海峡に空母を派遣したり、南太平洋の島嶼国を台湾との断交に追いやったりした。


「日本に対するのと基本的に同じですよ。相手の方が有利だと見れば、静かな振りをして時を稼ぐ。それでも本心は絶対に変えません。実際の行動と表面的な動きは無関係です。騙されてはなりません」と李氏。


安倍晋三氏が首相に就任した12年12月以降、中国は日本に強硬政策を取り続けた。安倍首相は「中国が首脳会談に条件を付けるようなら、会談に応じる必要はない」として屈せず譲らず、選挙にも勝ち続けた。すると最後に何の条件も付けずに首脳会談に応じたのが習氏だった。


米中貿易戦争で窮した中国が日本に接近中のいま、日本こそ中国の本質を想起すべきだ。靖国参拝、尖閣諸島、東シナ海、日本人拘束など、中国の対日姿勢は不変だ。彼らは表面の薄い膜一枚の色合いを変えて印象操作を企んでいるだけである。


中国の本質を知り、厳しく長い戦いを予想しているためか、蔡氏は大勝利の興奮の中でもはち切れるような笑みはほとんど見せない。氏は米国にさらなる武器売却と軍事技術の供与を要請し、台湾防衛の力を強化する意思を示した。天晴れではないか。台湾と民主主義が勝てるように、日本は最大限の支援をしなければならない。台湾の戦いは、日本にとっての戦いでもあるからだ。

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