闘うコラム大全集

  • 2020.12.10
  • 一般公開

米新政権下、日本の気概が問われる

『週刊新潮』 2020年12月10日号

日本ルネッサンス 第929回


米国大統領選挙の結果はまだ正式には確定されていない。とはいえ、ジョー・バイデン前副大統領は人事を筆頭に政権構想を次々に発表し始めた。他方、トランプ大統領は選挙での不正投票を巡る法廷闘争に関して弱気に転じており、巻き返しの見通しは明るくない。


この間の11月12日、菅義偉首相はバイデン氏と電話会談をし、バイデン氏は尖閣諸島に日米安保条約第5条を適用する旨語った。同件は日本では大きく扱われたが、バイデン氏側の発表文には尖閣の文字はなかった。


明らかにバイデン氏が中国に遠慮したのであろう。中国が弱小国を脅かし領土や島を奪うことに明確に反対し、中国の圧力下にある国々を護ると、ポンペオ国務長官は明言した。このトランプ政権の対中政策と鮮やかな対照をなすのが、バイデン氏の対中配慮外交であろうか。


菅・バイデン対話のもうひとつの重要点は「インド・太平洋戦略」に冠(かぶ)せた形容詞だ。バイデン氏は菅首相に「安全で繁栄するインド・太平洋」と語った。韓国、豪州、インドの首脳にも同じ表現を使っている。


「安全で繁栄する」は中国が使う表現で、「自由で開かれた」とは全く異なる意味が込められている。中国には「A2AD」(接近阻止・領域拒否)という戦略がある。南シナ海も西太平洋もインド洋も中国が席巻する海とし、米国の進入と自由な航行を締め出すのがA2ADだ。中国が「自由で開かれた海」に反対なのは明らかだ。インド・太平洋を中国が主導し、その限りにおいて安全が担保されての繁栄こそ望ましいと考える。


中国の思惑そのものの表現をバイデン氏は各国首脳との電話会談で使ったことになる。バイデン氏は選挙戦でも、「2020年民主党プラットフォーム」でも、「自由で開かれた」「インド・太平洋戦略」という表現は全く使用していない。氏は安倍・トランプ両氏のインド・太平洋戦略を確信的に変えるつもりだと見るべきだろう。


拉致問題に冷淡


安倍前首相は07年8月にインドを訪れて「二つの海の交わり」というすばらしい演説をした。太平洋とインド洋を、従来の地理的境界を突き破る拡大アジアの戦略的舞台ととらえ、二つの海を「広々と開き、どこまでも透明な海として豊かに育てていく」という構想だ。日本とインドにはその構想を実現する力があり責任もあると強調する内容だった。


それから5年後、第二次安倍政権発足直後に、安倍前首相は「民主的安全保障のダイヤモンド構想」を発表した。インド・太平洋域内の民主主義国家の協力こそ大事だとして、豪州、インド、日本、米・ハワイがダイヤモンドの形を作ってインド洋から西太平洋に広がる公共の海を守るという戦略だ。安倍前首相のこの一連の考えから「自由で開かれたインド・太平洋構想」が生まれた。


同構想は13年9月に習近平国家主席が打ち上げた「一帯一路」構想への対案となり、やがてトランプ政権が米国の戦略に取り入れた。トランプ氏は17年11月、ベトナムのダナンで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)で右の戦略を正式に発表した。

 

安倍・トランプ両政権の推進するインド・太平洋戦略を貫く考えは、両地域は世界経済の最大の原動力で、インド・太平洋の平和と繁栄に全世界の利害関係がかかっているからこそ、二つの海は自由で開かれていなければならないというものだ。地政学的にインド・太平洋の中心は南シナ海である。その南シナ海を自国領として力で現状変更を迫る中国への、強烈な対抗の枠組みがインド・太平洋戦略なのだ。


しかし、前述のようにバイデン氏の政策構想からは「自由で開かれた」という表現の一切が消えている。


バイデン氏は「フォーリン・アフェアーズ」誌の20年3・4月号に「なぜ米国は再び主導しなければならないか」と題して寄稿し、トランプ氏は民主主義も同盟関係も破壊したなどと厳しく批判した。バイデン論文の特徴は米国に対立する国として中露両国を論じながら、ロシアに厳しく、中国に寛容なことだ。


ロシアを侵略勢力と呼び、同盟国共々軍事力の強化を含めて多様な対抗手段を講ずるべきだとする。他方中国は経済・貿易面での競合による知財窃盗を批判しながらも、気候変動などで協力すべきだと説く。


バイデン氏が副大統領だったオバマ政権をつい想い出す。オバマ政権は拉致問題に冷淡だった。トランプ大統領が金正恩と3回会談し、3回とも真っ先に拉致問題を持ち出し、解決を促したのとは好対照だ。


疑惑を生んだ訪中


オバマ政権は尖閣に日米安保条約第5条を適用すると言明するのに非常に慎重だった。ポンペオ国務長官の発言は先述したが、トランプ政権は第5条適用を言明した。


オバマ政権は中国の南シナ海侵略も丸々4年間、黙認した。結果、中国が同海域のほぼ全域に実効支配に至る基盤整備を許してしまった。


もう一点、日本も直接被害を受けるのが、東シナ海上空に中国が設定した防空識別圏(ADIZ)である。13年11月、中国国防省は突如、当該空域を管理する、圏内を飛ぶ航空機は飛行計画を中国側に提出せよ、従わない航空機には中国軍が「防御的緊急措置を講じる」と発表した。


無法な要求に屈してオバマ政権は民間航空各社に中国の意図を尊重せよと指示した。安倍政権は反対に一切無視せよと指示した。日本の対応の方がはるかに理に適っている。


そのようなことがあった翌12月にバイデン氏は中国を訪れた。同行した子息のハンター氏はこの訪問の直後に中国の投資会社の役員に就いた。


ちなみに大統領選挙期間中にハンター氏所有とされるコンピュータが修理に出され、そこからハンター氏の中国及びウクライナを巡る疑惑が報じられた。疑惑を生んだハンター氏の訪中は中国のADIZ設定の時期とほぼ重なる。国際社会に敵対的な措置を講じた中国に、なぜ、バイデン氏は副大統領として訪問し、子息を伴ったのか。なぜハンター氏は中国の会社の役員に就いたのか。トランプ氏ならずとも、バイデン一家と中国の関係に注目するのは当然だろう。


私は日本政府の対中政策も懸念する。安倍政権の終わりにかけて政府は「インド・太平洋戦略」を「インド・太平洋構想」と言い変えた。中国への配慮か。そんな小手先の技が効くと思うのか。着々と軍事力強化を進める中国の脅威の前では、日本を守る真の力を強化することが正しい。それは尖閣を守る海保の力を強化し、自衛隊の力を強化し、日米豪印の軍事協力を強め、インド・太平洋戦略により多くの国々を招き入れて、大同団結することだ。

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