闘うコラム大全集

  • 2021.08.26
  • 一般公開

韓国MBC、呆れるばかりの低レベル

『週刊新潮』 2021年8月26日号

日本ルネッサンス 第963回


8月10日、韓国の文化放送(MBC)の『PD手帳』が「不正取引・国情院と日本極右」という番組を放送した。日本語に訳してもらって視聴したが、「調査報道」とは名ばかりのお粗末な内容だった。


番組では具体的な証拠を示さず、私が理事長を務めるシンクタンク、国家基本問題研究所(国基研)が韓国の情報機関、国家情報院(国情院)から情報などの支援を受けていたと断じているが、国基研は国情院を含むいかなる外国政府機関からも支援を受けたことはない。MBCの報道は名誉毀損行為である。また同番組は、このような事実無根の名誉毀損をなすに際し、無断で「言論テレビ」から映像・音声を多数箇所にわたって放送した。ジャーナリズムの基本を全く理解していないのではないか。


同番組では私も、朝鮮問題研究の第一人者の西岡力氏も、国基研も「極右」と呼ばれているが、私たちは極右ではない。また『PD手帳』は国情院の情報提供やその他の支援があって初めて、私たちが今日の影響力を築き上げたと報じているが、笑止千万、韓国や国情院の力の買いかぶりにすぎないだろう。


この荒唐無稽な筋書きは「元国情院の海外工作員」と名乗るマスク姿の男が語る話に沿って展開されている。彼は、国情院在籍中に見聞したことだという触れ込みで、ざっと以下のように語っている。国情院は北朝鮮情報など世界トップレベルの貴重な情報を日本の公安当局に渡し、公安当局がその情報を極右勢力に渡しているというのだ。この「証言」を支える「事実」として『PD手帳』が報じたのが、番組冒頭に登場する「独島守護全国連帯」代表理事の崔在翼(チェジェイク)という人物の体験談だ。崔氏は2015年2月に島根県訪問時の体験を以下のように語っている。


「我々が高速道路を走っていると、どこで知ったか(日本の)右翼の車輌と我々のそれが前後して、あわや大惨事になるところでした。車を止めると、彼らが前に立ちはだかり日章旗で(フロントガラスを)覆ったこともありました」「隠さなければならない部分、宿所だとか何時に会場に行くとか、それらは秘密でした。しかし、いざ行ってみると、正確に先回りしているのです。右翼たちが」


国情院、公安、右翼


『PD手帳』側が、右翼たちはどうやって崔氏らの日程を知るのか、と尋ね、崔氏はこう答えている。


「ええ、それは私も不審に思っているのです」


北朝鮮情報とは何のつながりもないが、このようなエピソードを報じることで、恰(あたか)も、国情院・公安・右翼の三者間に特別な情報の流れがあるかのように印象づけようとしていると見てよいだろう。


この点について、韓国の言論界で一目置かれている趙甲濟氏のウェブサイトに会員による以下のような『PD手帳』批判が掲載された。


「2017年2月8日、韓国メディアではこのような内容が報じられた。〈日本の「竹島の日」廃止を促すため、韓国の独島関連団体(代表:崔在翼、60歳)が抗議訪問団を結成して日本現地に出国する。彼らは22日午前10時に島根県庁舎前で独島が韓国固有の領土であることを知らせる記者会見を開き、午前11時には県民会館広場で日本政府の独島強奪蛮行の中止を要求する集会を開く計画だ。抗議訪問団は、崔代表をはじめソ・ヒョンリョル副代表(60)、ユ・ホンレ報道官(60)、随行員1人の4人だ〉」


批判はさらに続く。


「日本へ出発するずっと前からマスコミを通じて大々的に広報している。到着日はもちろん、参加者の氏名、年齢まですべて分かる。日本国内の動線を十分に推察することができる行事の日程(島根県、総理官邸、防衛省への抗議訪問など)までとても親切に紹介された。毎年こういうやりかたで大々的な広報をしてから日本へ出発した」


国情院、公安、右翼の三者間に情報提供のルートなど存在しなくとも、崔氏らの予定は広く知られている、というより崔氏ら自身が広く知らせようとしているということだ。にも拘わらず、『PD手帳』は右の三者間で不当な情報提供が行われているという虚構に沿って番組を進めるのだ。PD手帳側がマスク男にこう質している。


―日本の極右を国情院が支援した?


「ええ、我々が支援した日本の右翼人士らは、櫻井よしこを中心に結集しているのです。それが国家基本問題研究所です」「元来、(国基研は)国情院の支援を受けた者たちが設立した団体です。日本で言論活動、記事の掲載、放送出演等をする際にはネタが必要です。それらを国情院が支援したのです」


北への接近を熱望


マスク男はしかし、どんな情報をいつ、どんな形で国基研に渡したのか、何ひとつ語っていない。すると、番組ではこんなナレーションが入る。


「2000年代に入り、拉致問題で日本社会が沸きに沸いた時、国情院は国家基本問題研究所と金賢姫等脱北人士らをつなげたと言います。そのお蔭で、国家基本問題研究所の人士らの名前が日本中に轟いた。その代表が、西岡力です」


ここまで来ると馬鹿馬鹿しくなる。国基研はシンクタンクとして金賢姫氏について特別に論じたこともなければ提言したこともない。国基研はそもそも朝鮮半島情勢だけを研究しているわけではない。広く国際情勢を分析したうえで、日本の国益を実現するための政策提言を重ねてきた。西岡氏は2010年に金賢姫氏に会ったが、それは金賢姫氏を日本に招いた民主党政権に要請されてのことだ。国情院は全く絡んでいない。


西岡氏も私も国基研も国情院とは無関係にここまできた。「国情院のお蔭で」今日の私たちがあるなどの主張は虚構にすぎない。


『PD手帳』の報道は一から十まで根拠のない思い込みでしかない。問題は、なぜこんな番組が作られたかである。これは国基研、櫻井、西岡叩きを口実にした国情院叩きではないかと私たちは推測している。国情院は、長年韓国における北朝鮮の工作員の活動を取り締まってきた。その国情院の力を殺(そ)ぐための法改正を行ってきたのが親北路線をひた走る文在寅大統領だ。現在の国情院長は朴智元氏、20年7月に文氏の要請で院長に就任した。朴氏は北朝鮮の工作機関、統一戦線部と一心同体の人物と言うべき存在だ。文氏と朴氏は北朝鮮への接近を熱望するあまり、国情院潰しを狙っているのではないか。


『PD手帳』の報道は通常のジャーナリズムの視点からは信じ難いほど杜撰である。この報道が或いは韓国内の政治闘争とつながっているのではないかとつい、推測するゆえんである。

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