闘うコラム大全集

  • 2022.05.26
  • 一般公開

「岸田総理 直撃100分! 櫻井よしこが問う ロシア・中国・核・憲法」

『週刊新潮』 2022年5月26日号

日本ルネッサンス 第1000回記念対談


 日本に迫る危機を訴えてきたジャーナリストの櫻井よしこ氏による本誌連載が、この度1000回の節目を迎えた。記念すべき対談の相手は現職総理。就任後初のロングインタビューとなった日本のトップに、櫻井氏が舌鋒鋭く斬り込んだその一部始終をお届けする。


櫻井よしこ 東奔西走お忙しい中、お時間をとってくださってありがとうございます。この連載を始めて20年が経ちました。これからも頑張って「政治家けしからん」と、矢を射る役割を果たしていきたいと思っています(笑)。今日はどうぞよろしくお願いします。


岸田文雄総理 こちらこそ、よろしくお願いします。記念すべき連載1000回の節目に、お声がけいただきありがとうございます。


櫻井 世の中は予想外の変化が頻発していて、どんな組織であれトップに立つ人の心構えが問われています。これまで総理ご自身は穏やかなイメージをお持ちでしたが、それが今や「非常時の総理」になられた。


岸田 いや、穏やかかどうかは他人が評価することですが(笑)。私自身、こうした時代に内閣総理大臣を担うことに大きな責任を感じ、己の全てをかけて物事を判断し行動する必要があると、強い緊張感を持って日々過ごしているところです。


櫻井 ウクライナでいえば、もともと勇敢に祖国のために戦う国民の気概はあったと思いますが、ゼレンスキー大統領がいなければ、ここまでロシアに対して奮闘できなかったと思います。


岸田 そうですね。


櫻井 それを思えば、まさに日本は100年に一度の大きな変化に直面しています。総理の国家観、どんな指導者でありたいとお考えなのかが日本の命運を決すると思います。


岸田 もはやポスト冷戦と言われた時代が終わるということは、皆が感じていると思います。価値観の異なる国家間の対立がいよいよ顕著な時代、日本の立ち位置はどうあるべきか。私達が戦後大事にしてきた自由と民主主義、人権や法の支配、さらには自由貿易といった価値観を堅持していく。そして、同じ価値観を持つ国や人々と連携して、どんな国際体制を作ることができるのか。日本が存在感を示せる外交を進めていく必要を感じています。


櫻井 核大国である国連の常任理事国が、核のない他国を侵略するという予想外の事態が起きた。その状況下で、総理はアジア諸国と欧州を歴訪されましたね。


岸田 インドネシア、ベトナム、タイと英国、イタリア、そしてバチカンですね。


櫻井 インドネシアへの巡視船の供与など、海上保安分野での援助を決定されました。イギリスとは日英円滑化協定で大筋合意もされましたね。ウクライナで起きたような侵略戦争に備える外交と見てよいですか。


岸田 今日のウクライナ情勢は明日の東アジアの姿かもしれない。そのような危機感を共有する必要性を強く感じています。英国はじめ、あのドイツですら、インド太平洋に艦船を送る時代になったのは、日本としても歓迎すべきことです。今後もインド太平洋への関心や関与を、アメリカのみならず欧州などの主要国にしっかり持ってもらうための雰囲気を作る努力を続けていきたい。


櫻井 円滑化協定が次の段階、ある種の同盟や準同盟といった形に発展することを目指しておられますか?


岸田 まだ具体的にそういったところまでは決まっておりませんが、英国とは、安全保障の点でも訓練や装備品など協力できる分野がたくさんある。そういった連携の可能性を他の国々とも追求していきたいですね。実際、アジアにおいても力による一方的な現状変更が起こり、将来的に日本の安全保障に関わる深刻な事態にならないとも限らない。これがウクライナ情勢において国際社会が得た一つの教訓だと思います。私も外務大臣時代、平和安全法制で野党と論戦を交わしましたが、あの時に感じたのは、科学技術の進歩や装備品の発達を考えますと、あのアメリカですら一国では自国を守れない。それが厳しい安全保障の世界だということでした。だからこそ、限定的とはいえ集団的自衛権について真剣に考えなければいけないという議論が行われた。このアジア、そしてインド太平洋の平和と安定を守るためにも、日本は自分の国を守るための防衛について考えなきゃいけない。併せて国際社会と平素から情報交換を行い、協力するために、円滑化協定をはじめ様々な環境を作っておく。そういった仕掛けも併せ持たないと十分とは言えない時代です。


櫻井 総理が外遊の最後、英国で「力による一方的現状変更を繰り返してはなりません」とスピーチされた。これは中国を念頭に置いていますか。


岸田 実際、南シナ海、東シナ海においては力による現状変更の試みだと指摘される動きがある。それはその通りだと思います。


櫻井 ウクライナはユーラシア大陸の西で、日本は東の端っこでそれぞれロシアと隣同士という共通点があります。ウクライナと日本を重ねて考えるとおっしゃいましたけれども、私はこの世界地図を見てですね……。ご覧下さいますか。(持参した地図を示し)ここですね。


岸田 はい。


櫻井 地図上で核兵器を持つ国は赤く塗ってあって、ここが日本列島。ユーラシア大陸ではウクライナ情勢が緊迫していますが、この地図を見ると実は一番危険なところに立っているのは日本だと思うのです。

岸田 ロシア、あるいは北朝鮮、また中国と隣接しているわけで、安全保障上、厳しい環境にあることは肝に銘じなければいけない。それはご指摘の通りです。


戦後憲法の“悪しき面”


櫻井 その意味でも、先ほどおっしゃった各国との軍事的な協力関係の強化が急務ですが、政府は日本の外交・安全保障政策の長期指針となる国家安全保障戦略(NSS)など「戦略3文書」を、年末を目途に大幅改定するとしています。それを受け自民党は提言を出しました。まず一つが、今後5年を目途にGDP比2%(約11兆円)まで防衛費を引き上げるというものですが、同盟国のアメリカでは・前向きに歓迎するが今の世界情勢下では不足だ・といった意見もあり、私も同感です。


岸田 政府としては、与党側と議論しながら現実的に何が必要なのか考え、それを国民の皆さんにも理解してもらう中で答えが出てくると考えています。世界の平和と秩序を維持する上では、各国が責任を果たしてくださいというのが今の国際社会ですから、日本が責務を果たすためにも必要なものをしっかり積み上げていく。国民の命と暮らしがかかってくるわけで、財政状況が厳しい中でも出来る限り努力する。その兼ね合いを探っていくのが日本の立場です。


櫻井 国防に必要な分を積み上げるのは当然ですが、国家の意志を示す2%以上の数値目標は欠かせません。ウクライナが大方の予想に反して善戦しているのは、武器弾薬を西側がどんどん供給しているからです。軍事の専門家の方々に、万々が一、中国が攻撃を仕掛けてきて自衛隊が戦うとなれば、弾薬やミサイルの備蓄はどのくらい持つかと尋ねたところ、国家機密だと言いながらも、ある方は1~2週間、もう一人は1週間が限度、別の人は数日だとおっしゃった。銃なら1分間に何百発も消費しますが、自衛隊は圧倒的に弾薬が足りない。予算不足で弾薬の備蓄までとても手が回らない。国防の異常を正すためにも明確な数値目標が必要です。


岸田 なるほど。立場上、具体的にどの国が相手と言うのは控えますが、おっしゃるような事態で国民の命を守れるのか。何が必要か議論するには、あらゆる選択肢を排除せず考える姿勢は大事だと思います。


櫻井 国民の命と国土を守るために、必要なことは他の国々と同じように最大限の努力でやり遂げるという決意ですか。


岸田 もちろん、そうしなければなりませんし、国際秩序の根幹が揺るがされる事態を目の当たりにしている時だからこそ、議論を行えば国民の皆さんも必ず理解してくれると思います。


櫻井 各種の世論調査を見ると、政界の方々よりも国民の方が強い危機感を抱いています。ウクライナ問題でロシアと中国を重ねて考える方々が増えている。一方で、先の自民党の提言は「専守防衛」の精神を基本的に維持したままです。先ほど総理は、自力で国を守る必要性を述べられましたが、それを実現するため日本は根本から変わらないといけない時期に来ている。「専守防衛」は戦後憲法の下、日本を二度と軍国主義に走らせないとの発想から生まれてきたものです。攻撃されたら反撃するという形は、他の国々とは正反対の、戦後憲法の・悪しき面・を引きずっていると考えます。


岸田 私は・悪しき面・とは言いませんが、「専守防衛」は憲法の精神に基づく我が国の安全保障の基本方針です。国際社会も日本の安全保障体制の前提として認識しているわけで、それを変えたら周辺国とのバランスにも影響が出てしまいます。


櫻井 周辺国とのバランスはすでに崩れていますし、二つの問題があります。一つは、自衛隊の力は必要最小限であって、戦力でないから違憲ではないとの屁理屈を、私達はいつまで持ち続けるのか。もう一つは、国際社会が日本の方針を理解しても、ロシアや中国のような、他国や他民族への攻撃的なやり方に直面したら、それが日本を守ることに繋がらないという点です。ロシアに抗してドイツのショルツ首相が軍備増強に大きく方針転換した今、日本も変わるべき時ではないですか。


岸田 そういう議論は当然出てくると思います。日本を侵略しようとする国は、我が国がどんな姿勢を示しても絶対に理解しようとしないでしょう。一方で、日本は共に侵略に対抗してくれる国とも平素から信頼関係を作っておかなければなりません。我が国の基本的な安全保障の姿勢が評価されているなら維持しておく。国際社会と連携し、トータルで日本を守るという考え方を作っていきたい。


櫻井 トータルだけでは守れない。日本が専守防衛の考え方から脱却する時です。もう一点、先の自民党の提言では、核についてほとんど論じられていません。総理は広島のご出身で「非核三原則」を尊び、核のない世界を理想とされている。私もそれが実現すれば、どれほどよいかと思います。けれど、今回のウクライナ問題では、ひょっとしてアメリカの・核の傘・は開かないんじゃないかと、多くの人が危惧を抱いたのも事実です。核なき世界の理想に到達するまでの間に、ロシアや北朝鮮、中国のような国が核を片手に「台湾に手を出すな」とか「尖閣に手を出すな」と言ったら、アメリカの核の拡大抑止だけで十分なのかといった議論はすべきではないですか。


岸田 ウクライナ情勢における核の問題を巡っては、すでに様々な議論が起こっています。私が申し上げているのは、岸田内閣においては「非核三原則」はしっかり堅持させていただくということ。核という非人道的な特殊兵器を、先人たちは何とかコントロールしようと知恵を絞り枠組みを構築してきました。それが不十分との批判は承知していますが、この枠組みを維持しているからこそ、日本はロシアや北朝鮮を非難できる。この枠組みを外して本当に国民の安心安全に繋がるのか。そういった議論を併せてやる必要があります。


ロシアを批判しない中国


櫻井 中国はロシアを批判せず寄り添う姿勢です。両国は戦略的な協調関係にありますから、日本や欧米など自由を標榜する国々に脅威をもたらすのは避けられません。対中政策をしっかりやらないと、大変なことになりませんか。


岸田 中国は日本周辺でもロシアと軍事行動を共に行うなどの動きがあります。言うべきことは毅然と言うのが基本ですが、我が国とは経済界をはじめ民間レベルでも様々な結びつきがあることを考えれば、対話の窓口を常に開いていく必要もあると思います。


櫻井 中国は大国としての責任を果たさないのではないかと、私は心配しています。ロシアと同様に力を信奉する国ですから、日本が毅然と抗議をしても無視します。尖閣諸島では今日も領海に侵入しています。ほぼ毎日、接続水域から領海に侵犯をかける。尖閣問題と台湾問題はリンクしていますから、具体的に「尖閣を守る」姿勢を見せることが大事ではありませんか。自民党の高市早苗政調会長は、島に構造物を作ることを主張していますが、総理はどうお考えですか。


岸田 尖閣が我が国の領土であることをしっかり示す。これは私もまったく同じ認識で、海上保安庁はじめ領海領空をしっかりと守る姿勢を装備や訓練等を通じて示していく。その上で、さらに何が必要なのかは様々な意見があると思いますので、基本をしっかりやった上で考えたいと思います。


櫻井 公務員を常駐させるなど、政府としての具体策はないのでしょうか。


岸田 そこまでの検討はしていませんが、毅然とした姿を示すことが大事です。


櫻井 お約束の時間が過ぎてしまいましたが、日本の未来にかかわる重大な課題、憲法改正についてお尋ねします。総理は、自民党に憲法改正実現本部、「実現」という2文字を入れた組織を作りましたが、今後どのぐらいの時間がかかると考えたらいいのでしょう。岸田政権は高支持率で夏の参院選では憲法改正に手が届くところまで大勝するかもしれません。


政権に好意的なメディア


岸田 いやいや、そう甘くはないでしょうけど、参院選でも憲法改正は公約の一つに掲げて戦います。これまでは党利党略で国会議論がなかなか進まなかった部分もありましたから、やはり世論が大事ですね。政府の立場ではストレートな働きかけが難しいので、党の憲法改正実現本部が中心になって国民に訴え、世の中の雰囲気が変われば政党政治家と国会の議論を動かすことになる。この二つが揃えば改正への道筋が見えてくると思っています。


櫻井 中曽根内閣で官房長官を務めた後藤田正晴さんを取材した折、なぜ改憲しないのか尋ねたら、「国民に任せてはおれない」と口にされたので、私は「民主主義の否定だ」と、ちょっと気色ばんだ。すると後藤田さんは、「君のような、生意気な女がいるから駄目なんだ」と(笑)。実際、国民からすれば、どうして憲法改正の発議をしてくれないのか。国民は信頼されていないのか。そのような思いがあることを、お伝えしたいと思います。


岸田 はい、それは重く受け止めます。憲法は日本の法典の中で唯一、国民投票が規定された法典であるにもかかわらず、いまだ一度も行われていません。自らの憲法だ、国民の憲法だというのであるならば、やはり国民の意思表示というものは大切にされなければいけない。


櫻井 最後にお尋ねしますが、冒頭で私が総理は穏やかなイメージをお持ちだと申し上げたら、必ずしもそうであるか分からないというご趣旨のことをおっしゃった。しかし岸田政権はメディアによって好意的に報道されています。結果、支持率が好調な点をどうお考えですか。


岸田 いや、厳しく批判をされていると受け止めていますが(笑)。


櫻井 総理はご自身のどのような資質がメディアを、そしてその延長線上で国民を安心させていると自己分析しておられます?


岸田 安心していただいているのかどうか分かりませんが、あえて言えば、新型コロナやウクライナ情勢などの対応でも、様々な政策が国民のためになるのかどうかを考えるのが重要なポイントだと意識しています。その上で、どう評価していただくかは皆様にお任せするしかありません。


櫻井 今は平時ではなくて「非常時」です。しかし総理が・ドイツのように日本も変わらなきゃいけない・と感じておられるかは分からない。ドイツがインド太平洋に艦船を送ったことの意味を読みとって、日本国を大きく変えていただきたいと思います。本日はありがとうございました。


岸田 ありがとうございました。こちらもいい勉強をさせていただきました。

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