闘うコラム大全集

  • 2023.04.06
  • 一般公開

日中首脳が演じた世界の善と悪

『週刊新潮』 2023年4月6日号

日本ルネッサンス 第1043回


岸田文雄首相は3月20日、インドでモディ首相と首脳会談を行い、その日の夜中にチャーター機でポーランドに飛んだ。「遅い、遅い」といわれたウクライナ訪問を果たすために、列車に乗りかえて10時間東に進み、21日、ウクライナの首都キーウに到着した。


ゼレンスキー大統領と会談し、ロシアによる侵略戦争を「国際秩序の根幹を揺るがす暴挙だ」と非難した。その後、ロシア侵略の犠牲になった400人以上が眠るブチャの街をゼレンスキー氏と共に訪ね、お墓に花を捧げた。


日・ウ共同声明では両国関係を「特別なグローバル・パートナーシップ」に格上げし、「ロシアに対する制裁を維持・強化することが不可欠だ」との決意を示した。中国を念頭に「東シナ海や南シナ海情勢への深刻な懸念」を表明し、「台湾海峡の平和と安定の重要性」が強調された。日本国首相は「今後も日本ならではの形で切れ目なくウクライナを支える」という言葉を残してウクライナを後にした。


20日、中国の習近平国家主席はモスクワを訪れ、プーチン大統領と会談した。両者は2回会談を行い、計10時間、語り合った。


岸田氏とゼレンスキー大統領、プーチン氏と習氏。まるで善と悪のチームの代表のようだった。「ワシントン・ポスト」(WP)紙が3月22日、二つの首脳会談を写真入りで報じ、「岸田のキーウ訪問は習のロシア訪問と際立ったコントラストを成した」と、見出しにつけた。


WPは、「国際刑事裁判所の逮捕状で戦争犯罪に問われ、孤立を深めるロシアの指導者、プーチンを、習はモスクワへのさらなる支持表明として中国に招いた」、「ロシア・ウクライナ紛争で互いに逆陣営につく(岸田、習の)アジアのリーダー2人が各々の首脳会談を行った」と報じた。


岸田氏の訪ウのタイミングは計算されたものではなかったが、日中の象徴的かつ鋭いコントラストの中で、ロシアによる侵略が日本の対露政策をはじめ、アジアの安全保障関係の一新につながったことが鮮明になったとWPは論評した。日本が脱戦後体制で安保政策を大きく変えつつあること、同じ価値観を共有する非常に幅広い連合体を創ろうとしていることなどを、いつもは日本に厳しい論説を展開することで知られるWPが好意的に報じた。


日本国内でも岸田氏のキーウ訪問は支持されている。G7首脳の中で一番遅い訪問だったことはすでに忘れられ、支持率が回復の兆しを見せ始めた。岸田氏は強運の人である。


岸田・ゼレンスキー会談で、首相は切れ目のないウクライナ支援を約束し、日本国は21世紀の地球で侵略戦争は許さないとの国際社会の価値観を守り推進する力となることを明確にしたが、中国はどうか。


習・プーチン会談は計10時間に及んだと報じられている。しかしその内容が明らかにされたわけではない。共同声明は非常に長いものだったが、第1の特徴は中国優位の関係がより明らかになったことだ。加えて、中国の反米思想の根深さを感じさせた。中国が目指すのはロシアを中国の下に従わせて新たな中華帝国の建設を進めることだと見てとれる。そのための経済協力強化に重点が置かれていた。


「同盟以上に密な仲」


習氏はかねてロシアとウクライナの戦争について「偏見なしに平和と対話のために仲介する」と宣伝してきたが、共同声明で中国はウクライナ侵略戦争について完全にロシア側に立つ姿勢を示す一方、停戦実現の案は示していない。


中露はすでに、習氏の言葉を借りれば「同盟以上に密な仲」だ。その二つの国の指導者は各々任期制限のない、事実上終身の地位を得ている。彼らが何を目指しているのか、何年か毎に指導者が入れ替わる西側社会はよく見ておくべきだ。


共同声明では中露は互いを「優先的協力パートナー」と見なし、「中露新時代の全面戦略協力パートナー関係を強固にする」と謳われた。「他に勝る『民主主義』など存在せず、自国の価値観を他国に押し付けることに反対し、イデオロギーで線引きすることに反対し、いわゆる『民主主義で権威主義に対抗する』という偽りの物語に反対」すると宣伝し、明確にアメリカに対抗した。


台湾に関してロシアは「『一つの中国』の原則を順守し、台湾が中国領土の不可分の一部であることを認め、いかなる形の『台湾独立』にも反対する」と表明し、中国の世界戦略に悉(ことごと)く支持を表明した。共同声明冒頭で「ロシアは繁栄・安定の中国を必要とし、中国は強大・成功のロシアを必要としている」としたが、前半は本当で後半は嘘だ。ロシアは強大でもなく、成功も覚束ない。


人類社会を中華風に変える


ロシアは喉から手が出るほど中国の援助を必要としている。一例が中国へのガス輸出増加である。ガス輸出に必要なパイプラインの建設にプーチン氏は必死だ。21日の会談でプーチン氏はパイプラインの建設が前進していると語ったが、習氏は沈黙したままだったと、24日の「ウォール・ストリート・ジャーナル」でトマス・グローブ氏が報じた。


22日付けWPはパイプライン建設の現状を詳報し、プーチン氏がパイプライン建設を「今世紀の偉業」と呼んだにも拘わらず、首脳会談でその期待は萎んだと結論づけた。


同計画は中露間で20年近く議論されてきたが、何度も計画が止まってきた要因が金銭面の問題である。パイプラインの建設、維持費用をどちらがどのように負担するのか、ガスの価格はどのくらいに設定するのか。中国はロシアの足下を見て絞れるだけ絞り取ろうとする。2035年までに、中国のガス需要量は現在確保済みの契約と国内でのガス開発プロジェクトで充足され、新たなパイプラインを必要としないという見立てもある。


かつてニクソン大統領は中国とソ連を分断し、中国を米国側に引きつけることでベトナム戦争に終止符を打ち、ソ連との冷戦に打ち勝つ戦略をとった。いま中国はロシアを従え、米国に打ち勝つことを目論む。ロシアは今回、習氏の提案である「地球安全保障構想」「人類運命共同体」「地球発展構想」などあらゆる世界戦略に賛同した。中国はBRICSの他の国々(ブラジル、ロシア、インド、南アフリカ)、SCO(上海協力機構)などを自陣営に抱き込み、地球全体を中華の価値観に染め、その体制下に組み込んでいこうと考えている。


西側諸国とのせめぎ合いの最前線がウクライナだ。その先に台湾がある。日本はこの大きな枠組みを念頭に、戦後体制を根本から変えて果敢に中国に立ち向かい、人類社会を中華風に変える彼らの野望を打ち砕く力となることだ。

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