闘うコラム大全集

  • 2025.10.02
  • 一般公開
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脅威の中国には為替戦略で臨め

『週刊新潮』 2025年10月2日号

日本ルネッサンス 第1165回


石破茂首相はトランプ米大統領の関税を国難と呼んだ。他方わが国の最大の脅威、中国を国難とは呼ばない。石破氏は米中双方の現実を理解できていないのである。


第二次トランプ政権発足から8か月、トランプ氏は予測のつかない言動で世界を振り回す。米国の政治学者、フランシス・フクヤマ氏はトランプ氏が「自らの手で超大国の急速な凋落をもたらしている」と9月21日付の「読売新聞」に寄稿し、トランプ氏は戦略を欠き「個人の利益」で行動していると決めつける。わが国は右の所見を越えてより本質的な分析をしなければならない。


日本にとって米国は必須の同盟国だ。トランプ氏の思考をより正確にとらえて対応しなければ、わが国は安全保障戦略文書で中国を「最大の戦略的な挑戦」と定義したが、その中国に呑みこまれる。その意味で多くの疑問に応えるのが田村秀男氏の『米中経済消耗戦争』(ワニ・プラス)だ。


トランプ政策の原点を見誤ってはならないと説く田村氏の指摘こそ重要だ。トランプ氏は大統領就任演説で「世界の戦争を終わらせる」、「領土を拡張する」と語っている。


ロシアのウクライナ侵略戦争の停戦、イスラエルとハマス及びイランとの紛争解決、グリーンランド領有、カナダ編入、パナマ運河の支配権奪還などをトランプ氏は立て続けに表明した。究極の狙いは中国だ。


グリーンランド及びカナダの領有は、第一にレアアースなどの鉱物資源獲得が目的であろう。同時に、中国が米本土攻撃で弾道ミサイルを用いる場合、グリーンランド及びカナダ上空の宇宙空間は米国の次世代ミサイル防衛構想「ゴールデンドーム」の構築に欠かせない。


ハチャメチャに見えるトランプ政権の政策は荒削りではあるが、「米国の最大の敵は中国」を基本としている。わが国は、米国が「打ち克つべき国は中国」という点において揺るがないように、その大戦略に沿って協力することが大事である。


米製造業の衰退


西側世界が対中政策の柱に据えるのは⓵価値観、⓶軍事力、⓷経済力である。トランプ氏は中国に関する限り、⓵には然程興味を示さない。氏は戦争で多くの人々が殺されることには強く反応するが、中国共産党がチベット人やウイグル人を強権支配し、拷問し、殺害することには、欧州や中東の戦争犠牲者に対するほどの想いは示していない。


対中関係で助言するとしたら、トランプ氏に価値観重視の必要性を説くよりも、米国の軍事力と経済力の強化策を提言するのが現実的ではないか。米国の軍事力優位は明らかだが、産業の衰退ゆえにその優位性がいつまで続くのか、保証の限りではないからだ。


トランプ氏は米国を再び製造大国にすると公約したが、米製造業の衰退は著しい。乗用車生産量は中国の15分の1、粗鋼は12分の1、造船に至っては508分の1だ。田村氏は米国の造船業は消滅したも同然だと厳しい。


米国は人工知能、とりわけ生成AIで中国を圧倒したいと願う。だが米国の復権の道は長く険しい。わが国は日米が力を合わせなければ大目的達成は困難だと米国に説かなければならない。


具体的に何を助言すべきか。田村氏の指摘は以下のとおりだ。トランプ氏は中国に打ち克つために高関税政策を梃子(てこ)にしているが、それは米国の同盟国である日欧の製造業を弱体化させ、米国の国益にはつながらないと、率直に言わなければならない。


経済、産業の復活に関してわが国は米国の最大の支援国だ。わが国はこれからも変わらずに米国の製造業復活に最大限協力する。そのためにわが国の製造業も強くあり続けなければならない。しかし、高関税によって日本の製造業は深い傷を負い、日本全体が弱体化する。弱体化すれば日本は対米投資の余力も失う。結果として米国の国益が損なわれる。日本の繁栄は米国の繁栄を支えるが、日本の凋落は米国の輝きを曇らせると、トランプ氏が納得できるよう直接語りかけるのだ。


提言は具体的なのがよい。中国封じ込めには高関税政策よりも安すぎる人民元に焦点を当てる政策の方がピンポイントで効果がある、と。


トランプ氏は2017年からの第一次政権で人民元の為替操縦を問題視した。ピーター・ナヴァロ氏らの助言ですぐに制裁的関税政策に移ったが、トランプ氏は中国の為替操縦策の問題点を理解していると思われる。


トランプ氏にはまず、中国共産党が狡猾に人民元と人民解放軍を活用して国民党を排除し、中国全土に支配権を確立した歴史を伝えるのがよい。中国の歴史について、安倍氏はトランプ氏に繰り返し語り聞かせている。


巨額の貿易黒字国


次に、習近平主席が人民元安の政策でどのように基軸通貨ドルの力を弱めているかを語るのがよい。習氏は13年3月の主席就任後間もない14年以降、一貫して人民元安の政策を進めてきた。中国以外の国々がドル基軸の為替レートに一喜一憂するのとは対照的に、中国は事実上ドルに人民元を釘付け(ペッグ)した。中国のやり方は管理変動相場制と呼ばれる。


ドルにぴったり釘付けすることで人民元は安定を保った。おまけに元は安値に設定されている。中国市場の魅力は当然際立つ。日米欧のメーカーはこぞって投資し、先端技術も含めて製造ノウハウを歴史的規模で中国の国有企業に供与した。中国は西側のカネと技術を取り込み国際競争力を飛躍的に高めた。そして米国のみならず、日欧諸国に対して中国は巨額の貿易黒字国となった。


田村氏の指摘だ。


「自由経済市場では巨額の貿易黒字国の通貨、この場合は中国の人民元ですが、その価値が上がって人民元高になるはずです。すると中国の輸出は抑制されます。反動で中国経済は内需主導型にシフトする。ところがどれだけ貿易黒字を積み上げ、人民元が安すぎると国際社会から指摘されても中国は馬耳東風です。逆に攻勢を強めて洪水のように安い中国製品を輸出するのです」


私たちを脅かすまでに強くなった人民解放軍の力を殺(そ)ぎ、中国の侵略を抑止するには、中国の軍事力膨張を支える経済の競争力を挫くことだ。最も効果的なのは管理変動相場制をやめさせる、即ち為替レートを市場の実勢にゆだねさせることだ。


中国政府の為替市場介入を禁止し、彼らが国運をかけて厳しく管理している資本移動の禁止を解かせることだ。資本及び為替市場の自由化を中国共産党に迫ることが鍵だと田村氏は喝破する。


その間、わが国は米国との協調路線を固める一方で、国内で十分な資本を循環させ国内経済拡大を図らなければならない。対米協調はカネや技術の一方的持ち出しであってはならない。国内に資本の好循環と技術革新の波を絶え間なく起こすのだ。日本再生に向けた総合戦略の基本として、積極財政による大型の財政出動や消費税見直しに踏み切ることだ。

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