元気になるメルマガ

  • 2013.04.23
  • 一般公開

東北や地域に充実した医療を(上)

患者を受け入れられない病院の事情

 『婦人公論』(2013年5月7日号)で林真理子さんが、過日亡く
なった田中宥久子さんを偲んでいました。

 田中さんは美しい顔立ちを造るための造顔マッサージを考案したこと
で有名です。肺に4センチ大の癌が見つかったと告白した田中さんに、
林さんはこう語ったそうです。

 「田中さん、今どきがんなんかまるで珍しくありませんよ。2人に1
人はがんになるんですから。大切なことは、治る側になることなんです
。だけど田中さん、私たちは絶対に大丈夫。お金もあるしコネもあるん
ですから」
 「田中さん、今の時代、名医を探してお金をかければがんなんてどう
ってことないですから」(婦人公論より)

 たしかに名医も数多くいるでしょう。都会に住んでいて社会的に知ら
れている人であれば、名医の下で最先端の治療を受けることも大いに可
能です。けれど特定の人々だけがそのような優れた医療の恩恵にあずか
るのではなく、国民全体が水準の高い医療を受けられるようになればど
れほどよいことでしょう。

 そこで現実に目を向けると、厳しい事情が見えてきます。今年1月6
日には、埼玉県久喜市の75歳の男性が救急車で運ばれ、25の病院で
受け入れてもらえず、亡くなりました。4月6日には、愛媛県八幡浜市
で、やはり救急車で運ばれた66歳の男性が3つの病院で受け入れても
らえず、亡くなりました。

 なぜ救急患者の「たらい回し」がおきるのかと、多くの人が憤るのは
当然です。けれど、取材してみますと、病院や医師は救急患者を受け入
れないのではなく、受け入れられないのだということがわかります。病
床が空いていない、すでに複数の救急患者を受け入れ、医師が手術に入
っていたりして手が足りない、或いはその患者さんを救うのにどうして
も必要な専門医がいないなど、理由はさまざまです。けれど多くの場合
、共通しているのは、医師たちが受け入れを拒否しているのではなく、
受け入れる能力と容力がないということなのです。

 救急体制から離れて通常の医療を考えてみましょう。日本の医療は一
般的にはすばらしいけれど、難病や、非常に深刻な病気、本当に高度の
知識と最先端の薬や技術が必要な病気となると、米国などに較べるとか
なり遅れています。アメリカでなら治るけれど、日本では治らない、助
からないという事例が、少なからずあります。


疲れはてている医療現場

 そしてさらに視線を広げれば、日本の医療は驚くほど疲弊しています
。地方に行けば行くほど医師がいません。医療を受けられません。とり
わけ、東日本大震災の被害に苦しむ東北3県の現実には厳しいものがあ
ります。

 仙台厚生病院理事長の目黒泰一郎氏は基本的な治療を施せる体勢をつ
くらなければ震災からの復興も難しい、問題の第一は医師不足だと指摘
します。

 目黒氏は循環器、消化器、呼吸器系の3分野に特化した仙台厚生病院
の理事長です。東北の雄、東北大学病院と通りを隔てた向かい側に同病
院はありますが、右の3分野に関しては、東北大学病院よりも多くの患
者さんが来て下さると、目黒氏は胸を張ります。目黒さん自身は心臓病
の名医として高い評価を得ています。

 氏の指摘する医師不足に関しては、皆さんの周囲にも多くの具体例が
あるはずです。たとえば産婦人科医がいなくなって、総合病院の産科が
閉じられてしまった、或いは、小児科医の不足で小児科がなくなってし
まった、或いは医師不足で病院そのものが閉鎖されたなどです。

 「日本には医師が足りないのです。とりわけ東北地方は東日本大震災
前から医師が絶対的に不足していました。それがいま、震災でさらに深
刻になりました。地震と津波で病院や診療所が壊滅的な打撃を受け、立
ち直れないまま、閉鎖されたのです。

 福島の原発事故の影響で、働き盛りの若い医師たちが自分の子供の健
康を考えて福島だけでなく東北を後にしています。なんとしてでも医師
の数をふやさなければ東北の復興はありません。それ以前に、医療過疎
の状況をなおさなければ郷土の発展もありません」
 目黒さんはこう強調します。


医師不足解消に新しい医学部創設を

 医師をふやすにはどうしたらよいでしょうか。日本医師会などは医師
の絶対数は不足していない、ただ、大都市などに偏在しているために、
地方の小さな町や村で働く医師が足りなくなるのだと説明しています。

 仮りに日本医師会の説明が正しいとしても、だからといって地方の医
師不足解消には役立ちません。なぜなら、大都市に集中している医師を
地方の過疎の自治体に移住させることは現実的にとても難しいからです
。かつて、大学の医学部で学ぶ医学生たちを、ひなびた地方の病院に割
り当てたのは医学部の教授でした。若き医師たちは教授の言葉にはほぼ
絶対的に従わなければなりませんでした。しかし、いまはそのような制
度はありません。ですから、都会で働く医師を地方に、とりわけうんと
田舎の小さな自治体に送り込むことは、中々できないのが現実でしょう。

 ここで目黒さんの同級生の事例を、ひとつご紹介します。同級生は宮
城県気仙沼市のある病院の院長をしていました。この友人が、「65歳
で定年になり、市長に慰留されたけれども辞める。1人の医者として残
るのは構わないが、院長としてはとても残りたくない」というのです。

 理由はざっと以下のようなことでした。僻地の病院だから、他所で持
て余されたような医者が派遣されてくる。そういう医者を見ると、どう
しても指導したくなる。ところが説教をしたり指導をすると、辛抱でき
ない若者はすぐ「辞める」と言う。そんな半端な医者でも辞められたら
困る。それを堪えているのが辛い、だから院長はもういやだと言って、
辞めてしまったのです。

 医師の数が少ないことが質の低下につながっていることがわかります
。現場にいれば医師不足の深刻さ、その結果起きる多くの問題がよくわ
かります。医師の数をふやさなければならないとの思いも強くなります
。目黒さんはそのために東北に新たな医学部を創りたいと切望していま
す。

 東北に新たな医学部を、というのは被災三県の強い要望でもあります
。昨年2月下旬、被災3県の16沿岸部市長が全員一致で東北に医学部
を新設してほしいと要望しました。医師不足と医療崩壊が復興を妨げて
いるという切迫した事情が背景にありました。

 目黒さんの構想は、東北版自治医大を創り、年に約100名の医学生
を受け入れ、その内約30名を奨学金で育てる。彼らを東北各地に派遣
し、約10年働いてもらうというものです。奨学金で育成するかわりに
一定年月、地域の病院で働くことを義務づけるわけです。奨学金は彼ら
を受け入れる病院が返済し、新たな奨学資金として次の学生たちに支給
されます。


3人1組の医師のチーム

 構想は素晴らしいとして、現実的に若い医師らは医療過疎の地域でう
まくやっていけるでしょうか。日本の医学教育の欠陥のひとつは研修時
間が少ないことです。結果、若い医師らは必然的に経験不足のまま現場
に立たされますから、どうしても不安がつきまといます。

 たとえば、自治医大は、1県に1人という形で医師を過疎地域に派遣
しています。ポツンと1人で派遣された医師には相談する先輩もいませ
ん。専門外の病気であっても、およそすべて診なければなりません。不
安と孤独の中で、真面目な医師ほど疲弊します。それほど真面目でない
医師は手抜きをします。いずれにしても長続きせず患者にとっても不幸
です。こうした状況が繰り返しおきることにはならないでしょうか。

 そうはさせないと、目黒先生は、明言します。

「まず大事なことは、若い医師を地域に派遣するとき、1人では行かせ
ないことです。3人1組を基礎単位として送ります。出来れば新米医師
と、少し先輩ともう少し先輩の組み合わせで送ります。加えて、本部の
病院には彼らが助言を求めることが出来るセンターを設けます」

 3人1組なら、支え合い、相談も出来ます。3人で考えてもわからな
いことは本部に問い合わせられます。医師は定期的に学会に参加する必
要がありますが、仲間がいれば、順番に学会にも出張出来ます。さらに
よいのは、3日に1度は緊急呼び出しを受けずにぐっすり休めることで
す。

 病院に勤務するいわゆる勤務医は泊まり明けも夕方まで勤務し、おま
けに自宅に戻っても緊急呼び出しを受けるのが当然のようになっていま
す。呼び出しを受けたらすぐに病院に駆けつけられるように、病院近く
に住むのが当然と見られてもいます。こうした気の休まる間もない苛酷
な労働環境ではなく、3人1組体勢で医師も人間らしい休養をとれる仕
組を作ってやりたいと目黒さんは言うのです。

 この構想は実は仙台厚生病院の成功体験に裏打ちされています。同病
院は長年、同じ仕組みで医師たちを小さな病院に送り出してきました。
いま、5チームが各地域で活躍中です。

「これが非常にうまくいっているのです。若い医師を送り出すとき、私
は彼らに約束します。約10年地域で働き、40歳に近づいたら必ず仙
台に呼び戻す。週に1度程、地域の病院に指導に行ってもらうかもしれ
ないが、40代以降は自分の専門性を高めて腕を振るってもらう。仙台
に住んで、就学年齢になった子供たちに高水準の教育を受けさせること
も出来る。このように約束し、守ってきました。またわが病院の給料は
高いですから、医師たちは仙台に戻ると皆、立派な家を建て定住します
。後輩の医師たちはそのような姿を見ていますから、安心して過疎地域
に行ってくれます」

 医師になる人たちは元々、病気の人を助けたいという思いで医学を志
すと目黒さんは強調します。自分が頑張ってこの人たちを助けているん
だと実感出来れば、過疎地の勤務もいとわない人たちが圧倒的に多いと
いうのです。大事なことは、彼らが孤立したり疲弊したりする状況を回
避することであり、その仕組みさえ作れば、医師たちは必ず、過疎地勤
務も含めて立派にやってくれると、目黒さんは繰り返します。

 なんとしてでも、医師の数を増やさなければ、このような制度は実現
しません。冒頭で触れたように、昨年2月、東北3県沿岸部の16自治
体の首長も全員一致で東北での医学部新設を政府に要請しました。東北
の人々の切迫感は強いのです。


壮大な計画

 新しく医学部を創るには大学と大学病院が必要です。莫大なお金がか
かります。そこで目黒さんは自身が理事長をしている仙台厚生病院を差
し出してもよいと考えています。

 「私の病院は、医療の内容は無論のこと、経営も非常に順調にこれま
でやってきました。この病院を医学部新設のために使っていただいても
よいと考えています」

 医学部を新設するとはどういうことか。朝日新聞の報道によると、医
学部新設にかかる費用は、附属病院になるべき病院がすでにあるとして
も、校舎や実習施設などの医学部本体を作り教授などを集めるために、
約200億円が必要だということです。

 函館市もかつて医学部を作ろうとしました。病院は函館市立病院を使
い、大学教養部は函館未来大学を使い、医学部を新設する構想でした。
結局実現しませんでしたが、このとき医学部本体の費用は約150億円
と見積もられました。こうした情報に基づいて目黒さんは仙台厚生病院
に加えて、200億円を用意できれば医学部の新設は可能だと判断し、
それなら寄付したいと考えたのです。

 この壮大な構想がいま、少しずつ具体化しつつあります。

 「厚生病院を寄付して医師不足の地方自治体病院のひとつを運営受託
して本院と分院にします。で、医学部に必要な校舎だけをつくる。それ
だったら200億円あれば出来ると試算をしました。銀行も仙台厚生病
院なら用立てると言ってくれました」

 こうして、医学部新設の計画が動き始めています。

 「理想的なパートナーがいました。看護師養成課程をもつ私立の東北
福祉大学です。東北福祉大学に仙台厚生病院を寄付し、医学部創設の資
金も仙台厚生病院が寄付します。東北福祉大学も喜んでくれました」

 目黒さんの東北の医療充実にかける思いには驚くと共に頭が下がりま
す。この熱い想いはどこから生まれるのでしょうか。牡鹿半島の寒村で
生まれた目黒さんは、自身が医師となって社会に貢献出来る立場に立て
たのは、本当に多くの人々のお陰と考え、新たな医学部創設と奨学金制
度の確立は、自分を育ててくれた社会への恩返しだというのです。

 「計画が現実のこととなり、成功したら、全国の病院はなぜ仙台厚生
病院はそんなことをする財政的ゆとりがあるのかと不思議に思うはずで
す。私の病院は前にも申し上げましたが、医療実績を誇ると共に、非常
に経営内容がよいのです。恐らく全国一の水準だと思います。だからこ
んなこともできるのです」

 病院経営はどこも大変です。なぜ、目黒さんの仙台厚生病院は成功し
たのか。それを語り始めると、日本の医療の大改革につながる壮大な話
しになっていきます。

 今日のメルマガもすでにかなり長くなりました。続きは来週、下巻で
お伝えします。

                           櫻井よしこ


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