元気になるメルマガ

  • 2013.06.01
  • 一般公開

物言わぬ苔のはなし

 関東地方は梅雨入りしましたけれど、今日、6月1日は晴れ間が広が
っています。庭に出てみますと驚くようなことが起きていました。チド
メグサの繁っている中に、鮮やかな紅紫色のオキザリスが一本、生えて
いたのです。

 先に進む前に、チドメグサの説明をしましょう。漢字で血止草と書き
ます。名前のとおり、山や野で怪我をしたときに、この草をむしり取っ
て掌で包むようにして揉んで傷口にあてると、血止めの効果があるとい
うので血止草と通称されています。

 葉は丸みを帯びていて、浅緑色の優しげな風情です。でも、地面を這
うようにして繁茂する様子は、優しげというよりむしろ逞しい感じです。
百科事典で調べましたらセリ科に属しているそうです。茎の節から細い
ヒゲ根を出して増えていく点はたしかにセリと少し似ています。ただ、
水辺のセリよりずっと生命力に富んでいて、他の植物、たとえば地苔
(ジゴケ)や瓜草や銭苔(ゼニゴケ)の上にスイスイとヒゲ根を伸ばし
て繁茂し、あっという間に他の植物を覆い隠して庭全体に広がっていく
ような感じがします。

 百科事典には夏から秋にかけて小さな白い花をつけると解説されてい
ますが、私はまだその白い花を見たことがありません。理由は、私がチ
ドメグサを増やさないように、むしり取ってしまうからだと思います。
なぜ、優しげな丸い葉のこの草をむしり取ってしまうのか、不思議に思
われるかもしれませんね。


苔に覆われた空間のイメージ

 実は私は、桜の木の下の空き地が綺麗な地苔で覆われているイメージ
を描いています。

 地苔は、それが正式な名前かどうか、わかりませんが、普通に生えて
いるしっとりとした苔です。日本の庭といえばこの苔のイメージです。
出来るだけ毎日、竹箒で地苔の上を掃いてやります。すると、空気が入
るせいでしょうか、生き生きとします。適度に水撒きをしてやりますと、
濃い緑の地苔がベルベットのような柔らかく美しい風情で広がります。

 その眺めが、私はとても好きです。ですが、あるとき、可愛らしいチ
ドメグサがその片隅に姿を現したのです。この草にはそれなりの魅力が
あります。私はそれなりに楽しんでいました。すると季節が巡り、気が
ついたら、庭のあちらにもこちらにも繁茂していました。

 よく見ますと、瓜草も銭苔も鞍馬苔も、あちらこちらでそれぞれに元
気よく繁っています。私にとってここはとても難しい局面でした。どの
草もどの苔もそれぞれに美しく魅力的ですから、どれかを取り除いてど
れかを残すのは、決め難いものがありました。けれどみんな混じり合っ
ているのは美しいとは思えませんでした。けれど、どうすべきか考えて
いる内に、生命力の強い植物は勢いを増して驚くほど、広がっていきま
した。

 そんなことで、数年かけて育てていた地苔の上にいろいろな草や苔が
かぶさるように繁ったのです。勿論チドメグサも瓜草も負けじと繁って
いて、苔や植物の生存競争が展開されていました。

 そこでとうとう決めました。場所によって種類を限定することにした
のです。桜の木の下、居間からよく見える所には地苔をきれいに育てる
。チドメグサは狭いけれど裏庭で存分に繁ってもらう。鞍馬苔は牡丹の
木を植えている花畑で繁ってもらうなどと、小さな庭を区分けしました。

 こうして丸い葉のチドメグサは裏庭の主になりました。


鮮やかなコントラスト

 前置きが長くなりましたが、その薄緑のチドメグサの真ん中に、オキ
ザリスという、クローバーの一種でしょうか、赤紫色の葉が一本、伸び
ているのを、今朝、見つけたのです。オキザリスは知人から戴いたのが
一株、1メートルほど離れた所にピンクの花を咲かせています。それが
どのようにしてポツンと1本、チドメグサの真ん中に生えてきたのでし
ょうか。

 その経緯はわかりませんが、地面を覆う緑色の草の中から一本だけ伸
びたオキザリスの葉に、私は見とれてしまいました。視線が吸い寄せら
れたといってよいでしょう。緑と赤紫の、なんと鮮やかな対比でしょう
か。オキザリスの葉がこれほど個性的で強烈で、美しかったことを初め
て発見しました。

 巧まずしてオキザリスの葉の引き立て役となったチドメグサも、優し
い風情のいわば平凡な緑色から個性豊かな強い性格の緑色へと変身して
いました。本当に鮮やかな変身です。こんなことに今日の私は感動して
います。


苔の世界

 もう少し、苔に拘ってみます。気晴らしに庭で時間を過ごすとき、苔
は頻りに私の注意を引きます。物も言わず、地面を美しく覆って、見る
側を癒してくれる苔ですが、実は熾烈な生存競争、というより、闘いを
演じているのです。

 前述しましたように、私は苔や地面を這って増える植物を、小さな庭
の区画毎に繁らせようと考えました。そのためにある場所では地苔だけ
を残し、瓜草も銭苔も鞍馬苔も取り除きます。他の場所では鞍馬苔だけ
を残します。このようにして草むしりならぬ苔むしりをしている内に、
いま、地表を覆っている苔の下に、実は苔の根とでもいうべき層が幾層
も重なっていることに気がつきました。

 たとえば銭苔です。銭苔は鎌倉の銭洗弁天さんにびっしりと生えてい
ますのでご存知の方も多いと思います。美しく濃く、厚い緑の葉でびっ
しりと地面や石などを覆い尽くします。これを一定の場所から除外しよ
うとするのは実に至難の業です。

 わが家の庭のあちらこちらにも銭苔がこの世を謳歌するように繁って
います。その根元をよく見ますと、銭苔は他の苔や植物の上にどっしり
と生えて、自分の下にある植物を腐らせてその土台の上に新しい世代の
銭苔を繁らせて生きのびているのです。しかし、他の苔や植物も負けて
いません。彼らも銭苔の上に繁って、銭苔を腐らせるのです。このよう
に幾世代にもわたる植物の闘いの末の、生と死が重なり合った層が、す
ぐ足下の地面に存在するのです。その層を掘り返す内に、私の心に感動
が広がっていきました。

 人間の私にはとてもかなわないこの地道な生き残りのための闘いの痕
跡は、人間が誕生する幾億年も前から、地球の主人公が植物であったと
いうことを、教えてくれるのでした。


 5月は余りに多忙でメルマガ通信が滞ってしまいました。深くお詫び
します。皆さまに読んで戴けますように、また何か共鳴し合えればとて
も嬉しいという気持で、一所懸命に書きます。どうぞこれからもお友達
でいらして下さいね。

                           櫻井よしこ


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